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by maria-elephant
| 2017-07-27 10:42
| 象を訪ねる
日曜日の夕方、練習にひと息ついて、ピアノの前に座ったまま
中でも ピーターという象は 彼と一緒に演奏を楽しむ。 このピアノ、ピーターが黒鍵だけを叩ける様になっているらしい。 ペンタトニック(黒鍵の音)は どんな音楽にも一応馴染むからだ。
優れた記憶能力を持つ象はだからこそ、 辛い経験を忘れず心に傷を負っている。
しかし、人間と同じニューロンを持つ彼らとは、 言語を越えたものを分かち合える。 音楽を通して、何か特別な絆を築けるんだ、
アーティストはそう語る。 とは言え、1日かけて調律したピアノが、翌朝無残に姿を変えていたことも。 ピアノの椅子に腰掛けたい象も居たりして。
象が その怪力のために危険である事は忘れちゃいけない。 でも、子供がうっかり壊してしまった玩具を見つけた親のように、 アーティストは寛容に、笑ってピアノを修理した。 目の見えないプララは、病気が悪化して 起立が不可能となり、虹の橋へ旅立った。 小曲であろうと、長い曲であろうと、 ピアノであろうと、リコーダーであろうと 演奏が始まると プララは 微かに震える鼻を口にくわえて聴いていた。
そして 終わると 鼻を伸ばし、楽器にそっと触れるのだという。プララが旅立ったあと、 両親が亡くなった時と同じ位の大きな悲しみが続いた、 と、アーティストは 遠くを見つめてつぶやく。
でも、プララの心にはベートーヴェンやラフマニノフ、ラヴェルの メロディーがいっぱい刻まれていたはず。
そう思いたいけれど、 アーティストは、美談や正義や勝手な解釈を一切語らない。
楽譜のセットを終え、ピアノの前に腰掛けてから 彼は 横にいる象に話しかける。 演奏を聴いてくれる友人が、たまたま象であるかのごとく自然に。 「ベートーヴェンの小曲なんだ」
そうして始まる「コンサート」、彼の人柄を語るこの場面を 何度 繰り返して見たことだろう。
もしかしたら、 日本で暮らす象たちの 心 にも響くエンリッチメントの方法が あるのではないかしら。
日曜日、もうすっかり日は暮れてしまっていた。
facebook をチェックしていた時だった。不思議な画像が飛び込んで来た。
埃っぽい野っ原にグランドピアノが用意され、男性が演奏の準備をしている。
横には 何と 象が一頭 大きな存在を露わに、
まるで 彼の演奏が始まるのを待っているようではないか。
今、「ピアノ」と「象」は それぞれに私の中で大きな位置を占め,
気持ちの中では強く結ばれているものの、
音楽の仲間内では 象の話に耳を傾けてくれる人は まず居ないし、
逆も然りで、従って 私も全く分断された2つの世界を行き来するしかないのだった。
それが いとも簡単に 明快な構図で、つまり「 ピアノと象」が一緒に
しかも 既に何百万人もの人が分かち合う画像であることに
いささか衝撃と戸惑いを隠せなかった。
まるで世界中で私だけが取り残されていたような。
ドキュメント風に編集された映像は 彼が英国生まれのコンサートピアニスト
であったこと、盲目の象、プララに ベートーヴェンの名曲を聞かせたことから
始まった活動の経緯などを 手短かに紹介してゆく。
その場面、プララがベートーヴェンを聴き入る様子、別の象はジャジーな
リズムがお気に入りのようで、演奏に合わせてリズムに乗り、
鼻でピアノの鍵盤を叩く場面なども挿入されており、私の目は釘付けとなる。
ピアノを愛する者なら 埃や湿気の中に楽器を放り込むことが
どんなに無謀で バカげたアイデアか、まず思うだろう。
ところが、その男性は、
鼻で体に「砂かけ」(象の習慣)する象の前で、あるいは
うっそうとした背丈ほどの青草の中で、
そんな事お構いなし、とでも言うように演奏している。
そして、自然の中でひとり、象のために演奏することに
今までになかった、かけがいのない幸福を感じる、と語るのだ。
何者なのだろう? 練習はそっちのけ となる。
Paul Barton というその男性は 1961年英国ヨークシャー生まれ。
アーティストであった父親から 恐らく幼少期から美術と音楽の影響と
手ほどきを受けたと思われる。
16歳でロンドンのロイヤル アカデミーに入学し 美術を学ぶ傍ら、
12歳で始めたピアノ演奏も 彼の大事な表現手段として、又活動のひとつとして
途切れることなく続けられていたという。
youtibe でのピアノ指導はよく知られるらしい。
HPは、むしろ肖像画家、アーティストとして紹介されている。
1996年に タイ ピアノスクールに指導のために訪れ、
現在の妻との出会いをきっかけに定住を決めた。
動物保護に関心を寄せ 活動する妻の影響は 無論大きかったのであろう。
タイ中を旅し、彼らは悲惨な象達の姿を目の当たりにする。
1989年、タイ国の森林伐採禁止後、失業した使役象達、特に過酷な労働で怪我し
障害を持っていたり、密林をかき分けながら 木の枝が刺さり失明した象は
無用となり 多くが見放された。
自分達の故郷を破壊する為に働かされた彼らは、
幼い頃に母親象と離され、野生で生きるすべも知らない。
そんな象を保護する施設 elephant world に アーティスト夫妻は出会う。
そこで、自身の50歳の誕生日に、彼は夢であった ある計画の実現を思い立つ。
2年間 盲目の子供達と接し、音楽がコミュニケーションとして及ぼすインパクトに
手応えを得ていた彼は、ある盲目の象にも試してみたい、と思い続けていたのだ。
プララというその象は とても賢く、きっと音楽を好むだろうという予感もあった。
ピアノを象の保護施設に運び、食事をするプララの前にセットした。
考えたあげく、ベートーヴェン 月光ソナタの2楽章が選ばれた。
ベートーヴェンに宿る 音楽の真実を、彼は信じたに違いない。
演奏を始めた途端、プララは 食んでいた草の両端を口から出したまま
咀嚼を止め、演奏する彼の方をじっと見つめる様にして 聞き入っていたという。
インタヴュー記事でも語られているが、この計画の主なる目的は、
保護施設のための募金であった。メディアに発信する録画準備もされていた。
しかし プララの反応には 彼自身が驚かされ感動し、「象のためのコンサート」
活動を始めるきっかけとなったという。
傷ついた象達の心を クラシック音楽を通して 少しでも
解き放してあげられたら、、、。
ピアノを キャスターが付いた台に乗せ、ガタガタの山道を運ぶ。
背中を痛めている彼には、辛い仕事である。
でも、戦争に、森林伐採に、観光にと 人間のために 長い間働かされた
象の苦痛に比べれば これっきし、と彼は語る。
ヒトとして、彼らに本当に申し訳ない。
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by maria-elephant
| 2017-07-11 14:32
| 象と 音楽と
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by maria-elephant
| 2017-07-06 15:06
| 象を訪ねる
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by maria-elephant
| 2017-07-02 15:06
| 象を訪ねる
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by maria-elephant
| 2017-07-02 12:52
| 象を訪ねる